おっさんのひとりごと


トップページへ戻る


前のが見たい!ひとは 

3月のおっさんのひとりごと をクリック!

2月のおっさんのひとりごと をクリック!

1月のおっさんのひとりごと をクリック!






<2017ねん4がつ27にち>



 JR西日本芸備線・備後落合駅で顔をそろえた、上り三次行き列車(2番線・左)と下り新見行
き列車(3番線・右)。写ってはいませんが、1番線には木次線列車が止まっています。芸備線
の上り方面以外は日に3本の列車密度で、その3本に合わせて列車が揃うようにダイヤが組
まれています。2009年撮影。


<2017ねん4がつ26にち>



 福島県の沼尻鉄道木地小屋駅跡に建てられたモニュメント。かつての線路跡は道路になっ
ていて、昔を偲ぶのは難しいと思います。おっさんも鉄道現役時代に訪れたことはありません
ので、詳しく語ることはできません。残念です。2006年撮影。


<2017ねん4がつ25にち>



 名鉄谷汲線長瀬駅で列車を待つ乗客たち。廃線が迫っていた頃なので、ファンらしき人も写
っています。駅の周りは畑と住宅がほどよく広がり、郊外のローカル駅といった雰囲気が色濃く
感じられました。2001年撮影。


<2017ねん4がつ22にち>



 北海道の二股ラヂウム温泉。巨大ドームの石灰華で有名です。宿に着くとキタキツネのお出
迎えです。現在の味もそっけもない建物にくらべると、鄙びたいい味を出しています。温泉の方
も効能はあらたかで、戦時中は陸軍の保養施設があった、とも聞きます。「ラヂウム温泉」を名
乗ってはいますが、ラジウム濃度は基準値に達していないため温泉法上はラジウム温泉では
ないそうです。1993年撮影。


<2017ねん4がつ21にち>



 赤沢自然休養林の中の保存路線の中を走る、木曽森林鉄道の保存車。かつての森林鉄道
の軌道が、昔のままに保存されています。乗車して楽しむもよし、休養林内に敷設された遊歩
道を歩いて走る姿を楽しむもよし、バーベキューを楽しむもよし。なかなかにGOODなスポットで
す。1992年撮影。


<2017ねん4がつ20か>



 富山県、冬の五箇山合掌集落。昔はそれほど観光色が強くはなく、冬に訪れる観光客など、
皆無でした(実際、宿泊した宿は2日ともおっさんたちのグループ(7人)だけでした。今はかな
り有名な宿になっていて、宿泊料金の面でも2度とは行けない(言い過ぎか)宿になっています
けど)。合掌集落の街並みですが、写真のように電線が縦横に張り巡らされていたり(今は地
中に埋められています)しました。それにしても、積雪量はスゴいです。1983年撮影。


<2017ねん4がつ18にち>



 JR西日本木次線の出雲坂根駅。おっさんが立っているのは、スイッチバックの始まるところ
にある踏み切りです。列車でこの駅に来た時はこの場所に来ることは到底不可能です。この
時は積雪のために運休となって代行タクシーが運転されていて、備後落合からおろちループを
経てやって来ました。時間にかなりの余裕があるのか、10分ほどの休憩(正しくは列車ダイヤ
との時間調整でしょうね。ほかにも駅が見下ろせるおろちループの上でも車を停めていました)
がありました。おかげでこの写真が撮れたわけですが。2006年撮影。


<2017ねん4がつ17にち>



 近鉄北勢線馬道駅近くの踏み切りを通過する列車。さすが軽便電車、っていうか・・・とっても
せせこましい街中を走っています。この踏み切り、大型車はNGらしいですけど、普通乗用でも
無理っぽくないですか?なかなかナイスな駅です。ほかにも「上笠田」駅がおっさんは好きでし
た。2003年撮影。


<2017ねん4がつ16にち>



 国鉄根室本線厚床駅の駅名票。この頃はまだ標津線も接続していましたが、釧路方面列車
が多く出入りしていたホームのものなのからか、根室本線だけの隣駅表示となっています。釧
路発の始発列車はこの駅で40分ほどの停車をしますが、その間に夜が明けていきました。
1985年撮影。


<2017ねん4がつ14か>



 国鉄大阪駅に到着した、特急「はまかぜ」。おとなりのホームには、先に到着していた急行
「但馬1号」+「みまさか1号」が停車中です。昔のディーゼル急行列車は、その運用の多様さ
がとても面白いです。ひっついたり離れたり、2列車以上の多層建ても多く、1度別れてまたくっ
つく、なんてのもありましたね。懐かしいです。1975年撮影。


<2017ねん4がつ11にち>



 国鉄大阪駅に到着した、寝台特急「日本海」。新幹線博多開業前の喧騒もあって、ホームに
はカメラを構えたファンがいっぱいです。ファンのお目当ては消えゆく九州特急なのでしょうが、
下り列車線ホームで待ち構えていると、北越やら雷鳥やら日本海やらもやって来るので、つい
でといった感じでカメラに収めていました。1975年撮影。


<2017ねん4がつ10か>



 西桑名にあった車庫の移転工事が進む、近鉄北勢線北大社駅。北勢線は右側待避の駅が
多かったのですが、ここでも西桑名からやって来た下り列車は右側のホームに入っていきま
す。近代化の進む前の主力車両であったモニ221形が、奮闘していました。近代化後は内部
線に転じて、古い車両が一掃されてしまいました。1978年撮影。


<2017ねん4がつ8か>



 夜の明けきらない早朝に、鹿児島本線の伊集院を出て枕崎に向かう、鹿児島交通列車の車
内。夜行急行「かいもん」からの乗り継ぎ客が、そこそこ(?)います。日置・伊作・加世田といっ
た主要駅でそれらの乗客を吐き出した後は車内もガラガラになり、おっさんは上日置駅にて下
車。枕崎で折り返すこの列車の撮影にあたりました。1983年撮影。


<2017ねん4がつ4か>



 北陸鉄道金名線・白山下駅の改札口。1日に数えるほどしか列車が来ない終着駅ですが、
列車からバスに乗り継ぐ人なども多く、それなりに立派な感じです。手取川橋梁の橋台部分を
支える岩盤に問題が生じて全線が運休となっていた頃の姿で、駅前には代行バスが複数留置
されていました。1985年撮影。



<2017ねん4がつ3か>



 国鉄信楽線貴生川駅の0番線に停車中の、キハ35+キハ58の2両編成の列車。結構な勾
配区間が存在するこの信楽線では、エンジン2台を搭載した馬力の大きな車両が重用されま
した(この写真の10年ほど前にはキハ52がキハ17とペアを組んでいました)。勾配にかかる
まで目いっぱい加速し、それでも登りきる頃には自転車並みのスピードで走っていました。
1984年撮影。


<2017ねん4がつ2か>



 地上易時代の南海電鉄天下茶屋駅を通過する、20000系デラックスズームカー。回送列車
なので、「回」のヘッドマーク(?)を着けています。駅に隣接して天下茶屋工場があったんです
けど、この時点ではすでに更地になっているのがわかります。1984年撮影。


<2017ねん4がつ1たち>



 白山温泉の前の広場から臨む、白山。11月の初めの連休なのですが、すでに雪を冠って白
くなっています。一軒宿の「永井旅館」は、おっさん達が訪れた頃は本当に鄙びた温泉宿で、扇
形をした小さな浴槽が、男女共用で使用されていたのを思い出します。この宿で思い出深いの
は「わさびづくし」と思われる夕食で、山で採れたわさびの各部位が、それは見事に調理され、
ちょっぴり辛くも大変な美味でした。10年ほどしてから再訪した時には、そういった料理はなく
なっていましたけどね(←非常に残念でした)。1986年撮影。