5月のおっさんのひとりごと

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<2026ねん5がつ31にち>



 今月22日にアップした「ホームランストーブの火かき棒」と案内したこいつですが、正体がど
うやら判明しました。これは「火かき棒」ではなくストーブ天板の蓋を持ち上げる物だったようで
す。バットのグリップ部分を天蓋に差し込んで・・・ってものだったみたいです。いろいろお騒が
せしました。


<2026ねん5がつ30にち>



 国鉄宗谷本線音威子府駅で発車を待つ、旭川行きの普通列車。当駅仕立ての列車です。写
真左側(停まっている列車の向こう、ですね)には広大な留置線が広がっていて、往時の繁栄
がしのばれます。おっさんたちはその広大な構内で入れ替えをしてとことこ走ってきたこの列車
を、ずっと見ていました。ヒマやな〜、とお思いになるかもしれませんね。おっさんたちの乗って
きた音威子府行きの普通列車がこの駅で列車番号が変わって稚内行きになり、1時間弱の待
ち時間ができてしまったのです。別列車になったからOK,なのかな?上下の「急行 天北」にも
接続したりしましたね。古き良き時代の思い出です。1986年撮影。


<2026ねん5がつ23にち>



 JR東日本五能線の艫作駅から歩いて行ける、黄金崎不老不死温泉。中央に見える建屋の
奥は日本海に面した海岸で、そこにはこの宿名物の露天風呂があります。おっさんはここに宿
泊したかったのですが、あいにくこの日は満室でした。おっさんは露天風呂だけを楽しんで、能
代駅から寝台特急「日本海3号」に乗って帰阪したのでした。1994年撮影。


<2026ねん5がつ22にち>



 実家の片付けをしていたところ、何やら怪しい物品が掘り起こされてきました。そのうちの一
つ、「ホームランストーブ」の火かき棒らしきもの、です。「らしきもの」というのは確認ができてい
ないからです。どう調べても検索できないのです。「ホームランストーブ」自体は検索にもかかる
しオークションなんかでも見かけるのですが。どなたか知っている人がいれば教えてくだされば
助かります。写真をいくつか載せときます。






<2026ねん5がつ16にち>



 国鉄山陰本線浜坂駅で発車を待つ、この駅始発のキハ181系3連の、浜田行の快速列車。
中央に写っている列車です。愛称版はありません。この快速列車、運転区間も相当に長く、乗
車時間も軽く5時間ぐらいかかっていたのではないでしょうか(うろ覚え)。特急の設備を有する
列車(座席のヘッドカバーだけありません)で長時間旅できるとは、なんとも楽しい限りです。ち
なみに右側のキハ181系は京都行の特急「あさしお」。おっさんはこの後どちらの列車にも乗
らずに、ドン行列車に乗って大阪に帰るわけですけど。1987年撮影。


<2026ねん5がつ14か>



 長野県は大糸線北小谷駅から姫川を隔てた対岸にあった、島温泉。春の雪解けのころです
が、屋根には大量の雪が降り積もったままでした。宿泊で部屋に通されたのですが、屋根の重
みで部屋を隔てる襖の動きがすごく悪くなっていました。写真の頃には姫川の河川改修が行わ
れておらず、宿の目の前を姫川が流れていました。1987年撮影。


<2026ねん5がつ12にち>



 ありし日のJR北海道函館駅。30年ほど前になります。青函連絡船は廃止されていますが、
本州方面からくる特急列車などはこの駅で乗り継いで道内各地を目指します。函館の朝市も
すぐそばにあり、市場内の食堂で新鮮な海鮮も食べられます。今は・・・どうなっているのでしょ
うか。1993年撮影。


<2026ねん5がつ10か>



 昨日のスタンプを押印した、JR東日本花輪線八幡平駅。もうじき列車が来ると思しき時間な
のに、駅にはおっさん一人しかいませんでした。もともとは行き違いができる配線なのですが、
この時にはもう棒線1本だけになっていました。1994年撮影。


<2026ねん5がつ6か>



 「DISCOVER→JAPAN」スタンプ、JR東日本花輪線の八幡平駅。駅前にはこれといった店な
どもなく、大きなロータリーとなりえる広場があるにも関わらず八幡平行きのバスは離れた国道
にバス停があるなど、寂れた雰囲気が漂う駅でした。1994年押印。


<2026ねん5がつ1たち>



 木曽の赤沢森林鉄道。昭和最後の式年遷宮の際に復旧されてその後一般に開放されまし
た。起点となる場所には車両が展示されている建物があり、動態・静態を問わず保存されてい
ました。写真ではDCの単機回送になりますが、きちんと客車も引っ張って乗車もできます。今
もそう変わってはいない、と思います。1992年撮影。