おっさんのひとりごと


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<2025ねん4がつ26にち>



 近鉄名古屋線桑名駅に停車中の、680系。特急マークは外されていますが、塗色は特急色
のままです。京都・橿原線の特急としての使命を終え、この名古屋線に転籍してきたのでしょ
う。しばらくは団体臨時列車などに充当されていたようですが、その後塗色を一般色(マルーン
一色)として志摩線で走る姿を見かけました。1975年撮影。


<2025ねん4がつ25にち>



 「国鉄最後の日」の、直江津駅。この日をもって「境界駅」になった駅は多く、不便になったり
廃れたりした駅はそれほどなかったように思います。それよりも「新幹線開通」のほうが駅や路
線の退廃が酷いような気がします。1987年撮影。
 ちなみに、ウチの店の前を走る近鉄南大阪線ですが、もとは「大阪鉄道」といって大鉄と略さ
れることが多かったようです。その際「鉄」の字が「金を失う」と書くのを嫌がって、「金に矢」と表
記して関連企業に名付けていたそうです(解りやすいところだと、現在阪南大学付属高校と呼
ばれている「大鉄高校」とか)。「この名然るべからず」と当局から横槍が入って「大鉄」に戻した
のですが、同じことを20世紀も終わろうかという時代に繰り返しているのが、滑稽ですね。
1987年撮影


<2025ねん4がつ22にち>



 大学時代の後輩が「国鉄全線乗りつぶし」を達成するとかで、祝いに駆け付けたのがこの氷
見駅。「国鉄全線」なのにJR西日本氷見駅の案内が張られているのは・・・そう、達成日が19
87年3月31日、国鉄の最終運行日だったから、ですね。この頃と比べると「国鉄路線」はずい
ぶんと短くなったような気がします。


<2025ねん4がつ14か>



 伊賀鉄道上野市駅。「忍者の里」ということで別名を「忍者市駅」、別名の方が大きなタイトル
になっていて面白いです。この駅には実に47年ぶりでやって来ました。駅の内も外も昔の面影
はありません。特に駅構内は同じ駅とは思えないぐらいの、変わりようでした。2024年撮影。


<2025ねん4がつ12にち>



 乗鞍スカイライン。戦時中、航空機エンジンの開発のために標高3000mに迫る畳平に研究
施設が作られそこに至る道路も整備されました。戦後道路は岐阜県に払い下げられ、再整備
されてスカイラインとして当初有料で解放されました。現在では通行料は徴取されていません
が、一般車の乗り入れは厳しく制限され、実質バス・タクシーでなければ走行は不可能です。ち
なみにバイクはだめですが、自転車はOK。写真にも写っていますね。2013年撮影。


<2025ねん4がつ1たち>



 北海道のふるっぷ温泉。喜茂別町の町民公園の傍らに、ひっそりと湧いていました。利用料
金は¥200と安く、とてもあったまる湯でした。湯量の減少に伴い、2009年には廃止になった
ようです。2005年撮影。